私は何故『BLUE GIANT』を何度も読むのか~同じインプットを繰り返す話~

以前に書いたインプットとアウトプットの話↓の続き。今回は漫画『BLUE GIANT』について。

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BLUE GIANT

知ってる人は多いと思うけど、漫画BLUE GIANTについて知らない人はAmazonの紹介文とか読んでください。サックスプレイヤーで世界一を目指す男の漫画です。

何度も同じ漫画を読む

私、この『BLUE GIANT』を何度も読んでいる。数えてないけどたぶん全部通して20回とか。

物語は毎回同じだし、セリフももちろん毎回同じだし、人によっては「何してるの?」と思われてしまいそうだけど、何度も読んでる。

それは『BLUE GIANT』が何度も読むのに耐えうるくらい面白い。というのも有るのだけれど、私なりに意味を持って何度も読んでいる。

それは大学時代に「広く浅く色んな知識を詰めすぎた」という後悔が出発点になっている。

色んな音楽を聞き、色んな本を読み、色んなスポーツを見て、色んな映画を見た。おそらく同世代の人の中では際立って多くのものを吸収したと思う。

そのスタイルで、広く浅く経験値を得た。しかし、ずっしりと心に残って「これについて喋るのだけは人に負けない」というものは残らなかった。

また、アウトプットの側面でも「広く浅く」は弱いという事にも気付いた。アレも知ってる、コレも知ってる。でも面白さを熱量を持って語る事は難しい。中途半端な合コン上手男の知識みたいな、そんな状態。

繰り返し味わって解釈を変える

だから、ここ数年は1つのコンテンツを繰り返し味わう事にしている。

サッカーの試合を3つ見るんじゃなくて、同じ試合を3回見る。

違う漫画を3種類読むのではなくて、同じ漫画を3回読む。

もちろん同じインプットだから、気をつけなければいけない事もある。”解釈”を同じにしてはいけないという事。

インプットするものは同じだけど、解釈を毎回変える。

例えば『BLUE GIANT』なら、1回目はストレートに読む。2回目は大にサックスをプレゼントしたお兄ちゃんの視点を忘れずに読む。3回目は大の言動に対する周囲のリアクションに着目して読む。

インプットするコンテンツは同じだけれど、解釈を変えると味わいは変わる。一度目には気付けなかった事象に目が届くようになる。

面白いアウトプットに繋がる事は、2回目以降のインプットで気づく事が多い。

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キングダムも繰り返し読む

ちなみに私は漫画『キングダム』も15回くらい繰り返し読んでる。『キングダム』は登場人物が多いから最高。

「よく読むと録嗚未は騰に敬語使ってないのか~。つまり位は違うけど同期なのかな。」

みたいな事にも気付けるようになる。毎回自分の中で小さな小さな発見がある。

もう、本当にどうでもいい事だけど、その「どうでもいい」にも作者は拘っているのだから、気づく人が居る方が面白いに決まってる。

というわけで今日も私は『BLUE GIANT』を読む。