有楽町「あけぼの」でとんかつ界のポジショナルプレーを見た話

今日は有楽町で予定があり、昼ごはんを食べることにした。

特に目的を定めず東京交通会館の地下街をフラフラ歩いていると、奥まったところに行列を発見。

近づいてみると、とんかつ屋だった。

店の名前は「あけぼの」。↓こちらのお店。

↓食べログ

https://tabelog.com/tokyo/A1301/A130102/13000129/

メニューを見てみると、カツ丼も提供しているようで、カツ丼フリークの私は行列に並ぼうか迷った。

行列に並んでいたのは10人くらいだろうか。

この日は時間に余裕があったため、私は滅多に並ばない行列に並ぶ事にした。

この「あけぼの」に立ち寄ったのは11時過ぎ。まだランチタイムより早い。それなのにこの人数が並んでいる。
店内を覗くと、カツ丼やとんかつを頬張るサラリーマンが狭い店内のカウンター席にズラリと並んでいた。

期待に胸を膨らませて順番を待つ。

10分くらい待っただろうか。ようやく店内に入れた。

店内はカウンター席のみ。10名ほどがコの字のカウンターに座る形。

カウンターの向こう側には、強面のオジさまの店主が2名(兄弟らしい)が中央に立ち、女性(オバさま)が2名両サイドに立っている。

店内に入れたものの、店内で更に3名分の「待ち」のための席があり、まだカウンターには座れない。しかし、「待ち」の椅子に座った段階で「1名様、ご注文を伺います!」とオバさまの1人に注文を聞かれる。

なるほど。回転率を上げるために早めに注文を聞くのだな。と思いながら「カツ丼で。」と答えた。

ほどなくしてカウンター席が空いた。

いよいよ私の番だ。

「カツ丼の1名様、こちらにどうぞ」と強面のオジさまの1人が優しく案内してくれる。

「私がカツ丼を頼んだのを、このオジさまはちゃんと聞いていたんだな。」なんて事を考えながら席に座る。

席に座った瞬間、お冷とお新香を提供される。

そしてカツ丼が来るまでの間、ボケっとカウンターの向こうの4名の動きを眺めていた。

すると「凄い事」が、カウンターの向こう側で行われている事にようやく気付く。

それは4人の有機的な動きの連携と役割分担だ。

強面のオジさまの1人は、「豚肉に衣を付け、揚げて、切って、卵で閉じて、盛り付けて」という、サッカーでいう点取り屋みたいな仕事をしているようだった。

このオジさまがこのチームのストライカーだな、と私は思った。彼をオジさま①と勝手に名付けよう。

もう1人のオジさまは、ご飯をよそったり、味噌汁を手配したり、カツ丼やとんかつの仕上げを手伝ったり、洗いものを整理したり、お会計をしたり、周りと連携しながら必要な事を全てやっているようだった。

中盤で忙しく走り回るボランチのような動きだな、と私は思った。彼をオジさま②と勝手に名付けよう。

そして2名のオバさまは、オーダーを聞く、お客さんをさばく、洗い物をする、野菜の盛り付けをする、会計をする、材料が切れる前の補充をする、などの仕事をしているようだった。

彼女たちはこの店の崩壊を防ぐDFラインの選手のようだな、と私は思った。彼女たちをオバさま①とオバさま②と名付けよう。

この狭い店内では、4人全員が「必要最低限だけ動き、最速で美味いとんかつを提供している」ように見えた。

カウンターの向こう側は非常に狭いので、4名それぞれは数歩分しか歩いていない。

オジさま①がとんかつを揚げ、とんかつが揚がる前にキャベツなどの付け合わせをオバさま①が準備する。

とんかつが揚がりそうになるとオジさま②がおもむろにご飯と味噌汁をよそい、とんかつが到着する直前にご飯と味噌汁が客に提供される。

そしてとんかつは、ご飯と味噌汁の到着から間髪入れずに、揚げたてがすぐに提供される。

その間にオバさま④は店内の客を捌いてお会計などを行っている。

この動きの連動が絶妙に合理的で美しい。

更に、もう一つ。私の両隣の人がとんかつやらカツ丼やらを食べていると、お冷を飲む。お冷がコップのラスト3分の1くらいになると、オジさま②は必ずお冷を「勝手に」入れてくれる。

オジさま②は店員間の動きを把握しているだけでなく、客の動きや水の量も視界に捉えているようだった。だからこの店では「お冷ください」と客が言う必要が無い。コップのお冷が尽きる事も無い。

美しい。そして視野が広い。

さて、そんな観察をしているうちに、私のカツ丼が到着しそうだ。

オジさま②が「お待たせしましたー!」と、味噌汁を私の前に置く。そこからタイムラグ5秒ほどで、出来たてのカツ丼が到着する。

期待通りの連動だった。

そこからは無心でカツ丼を頬張る。

作る過程が美しいカツ丼は、味ももちろん美味い。

そして「私のお冷も、間もなく「3分の1」程度まで減るな。」と思った矢先、やはりオジさま②はお冷を「勝手に」入れてくれる。

期待を裏切らない動きをしてくれた。素晴らしい視野の広さだ。

私はあっという間にカツ丼を平らげ、味噌汁を飲み干し、お会計のために財布を取り出して最後にお冷を飲み干そうと、お冷に口をつけた瞬間。

オジさま②の「ある動き」に気付いてしまった。

20円。オジさま②は20円を手にしていた。

このカツ丼は980円。

私が千円札を出す事を先回りして、さりげなく20円を準備したのだった。

オジさま②の思惑通り、私は水を飲み干して千円札を差し出す。

待ってましたと言わんとばかりに、オジさま②は20円のお釣りを返し、笑顔で「ありがとうございました!」と見送ってくれた。

全ての動きが合理的で完璧だった。とんかつ作りだけでなく、お冷からお釣りまで。

そして店を出た瞬間、「これはポジショナルプレーだな」と私は思った。

4名の店員が「味方の動き」と「相手(客)の動き」を常に見て自分の行動を選択している。最速で美味いとんかつを提供する為に動いている。

昔から、無駄のないデザインや機能性に優れたデザインは美しいと、相場が決まっている。究極の機能美を兼ね備えたとんかつ屋に、私は初めて出会った。

カツ丼の味も勿論ではあるが、私は合理的な動きの美しさにやられてしまった。

また彼らの美しい動きの連動を見るためにこの店を訪れよう。そう思いながら私は午後の仕事に向かった。

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